荒潮 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

原文の中国語と英語訳をともに生かした邦訳作業によって読みやすい訳文にしあがっており、一気に読むことができた。ただ一抹の想いが残る。SF小説の魅力の第一は「破天荒さ」にあるはずだが、『三体』レベルのそれがここには見出しにくいのである。もっとも『三体』は登場人物が多く、そのため「中国発音の読み」をいちいち辿るのが一苦労だった。『荒潮』は傍系人物が少なめであり、おさまりがよい構図となっている。主要登場人物がどのくらいの年齢なのかが気になった。《二十一世紀も半ばになって》（p40）という現在時点を示すある人物のセリフがある。副主人公といってもいい陳開宗〔チェン・カイゾン〕が子ども時代の記憶として《はるか遠い二十一世紀初頭》を思い起こす。彼はいくつなのか。陳開宗の年齢は特に記述されていないが、《身なりのいい若者》（p51）と形容される。すると二十代なのか。やや計算が難しくなる。一方、少年の息子（末子だが）がいる羅錦城〔ルオ・ジンチョン〕は、終りのほうで《中年男》（p306）と書かれる。仮に六十歳台だとしても（そうすると1981年生まれの著者と近い世代になる）、彼の父の従兄が《第二次世界大戦の直前に家族を連れて海外へ脱出》（p84）という設定は、ややきつくなる。とはいえ羅錦城が老いた父の子供だったりすれば容易に問題は片付く。だがこうしたことは、さほど重要ではない。破天荒さが感じられないというのは、物語の構図がどこかで見たような気がするのと関係あるだろうか。SFではないが、ドン・ウィンズロウの『犬の力』のような小説がある。環境や人物の配置が似ている気がする。『荒潮』における『犬の力』の「麻薬」に相当するものを考えたりしたが、ともあれ『犬の力』には破天荒というべきパワーがあった。未来ゴミの山のなかの少女というビジュアルにおいて『荒潮』は『アリータ：バトル・エンジェル』にも繋がるが、映像化の素材としては面白い要素に満ちたSFだと思う。